さいた、さいた

さくら

小雪の舞う寒い弥生の入りでした。

昨日3輪ほどほころびだしたサクラが、見る見る咲きだしました。

2月6日、県立博物館の雪害で折れた枝を持ち帰って、ときおり水を取り替え、窓際の部屋に置きました。
1月足らずで、7本の大きな枝にびっしり白い清々しい匂いの桜が咲きました。
部屋中が明るくなって、ほんとに春がやってきたようです。

次から次に咲き出しますので、火の気のない床の間に、父の形見の大きな銅の花瓶に活けました。

この美しさをどう描けばよいのか、難題が生じました。

ひな祭り

ひな祭りは日中も真冬並みの-1℃の寒い日でした。

寒さにお雛さまの首もすぼんでしまいそうです。

ようやく描き上げた立ち雛の水彩画と桃のかわりにサクラを飾りました。
大きなお雛さまはこのところ日の目を見ることがなく、小さなお雛さまたちがダッシュボードに飾られています。

妻とちらしずしで桃の節句を祝いました。

高松の池

美しさに見とれて思うようになかなか手が動きません。

花が咲いているうちに、描けるか心配で、またサクラの枝をもらいに出かけました。
高松の池のあちこちに剪定した枝が束ねておかれていますが、花芽のあるものは見当たりませんでした。
剪定している人から花芽のある枝を分けてもらいました。

今朝は-9℃、昼過ぎになっても温度が上がらず風も強く、真冬以上に寒く感じました。
池のハクチョウも寒さを避けるようにうずくまり、ヨロヨロしながら歩いていました。

駐車場の工事がされ、2か所新設され、便利になるようです。

卒寿

温泉蒸し 懐石料理

お茶・お花を教え、好奇心旺盛で、今まで入院するほどの病気をしたことがありません。

妻の母の満90歳の卒寿を、本人の希望で、つなぎ温泉でお祝いしました。

数寄屋造りの落ち着いたお部屋で、仲居さんのお給仕であたたかい懐石料理を、楽しみました。

八品のお料理をほとんどいただき、100歳も間違いない元気さです。

春まだ浅く

日が出ると暖かい春の日差しですが、陰ると小雪が舞い、春はまだ浅い感じです。

岩手公園のマンサクは満開ですが、お堀の氷は硬く張り、雪も法面にまだ残っています。

中津川の河川改修工事もほぼ終わって、遊歩道の幅が倍になり、階段が2個所新設され便利になったようです。
工事中は落ち着かないように河川敷に上がっていたハクチョウもゆったりと泳いでいました。

地震

昨日の地震にはびっくりしました。

震度4でしたが、揺れが長く、テレビなど落ちるのではないかとただ茫然と眺めるだけでした。
その後余震は30回以上あったようで、未明にも大きな揺れが2度あり、その都度目を覚まし、恐ろしい思いをしました。
クライストチャーチの地震からまだ2週間余り、他人ごとではありません。

地震は天気の変化の前触れなそうで、これを境に暖かくなってほしいのですが、今日も真冬並みの寒さです。
雪の中からフクジュソウが芽をだしていますが、昨年、一昨年は5日に咲きだしましたから、今年はだいぶ遅いようです。

夕方、筆で引いた様な雲が出ていましたが、地震によるものでしょうか?

大地震

妻の母を誘って、車で展覧会に出かけて間もなく、信号機が大きく揺れ、信号が消え、多くの人々が建物から飛び出しました。
その後も揺れますが、車では揺れをあまり感じず、その規模が把握できませんでした。
展覧会場も電気が切れ、何もかも暗く、一刻も早く家に戻ることにしました。

母の家は、仏壇の位牌などが崩れ落ちた程度で、差して大きな被害がないようです。
妻を置いて、先に自宅に帰りました。

4号線は車が渋滞し、自宅方向に黒い雲が湧き出て不気味でした。

家に踏み込んだとき、棚から落ちた植木鉢が床に散乱し唖然としましたが、食器棚の中のグラスなど小さな器が落ちて割れている程度でほっとしました。
私の部屋は天井まで届く本箱が倒れ本が散乱、デスクトップのPCや額が落下、サクラやモクレンの花瓶、筆洗の水が床に流れ、足の踏み場がないほどでしたが、さいわいテレビ、ノートパソコン、プリンターなどは異常なく、壊れたものはゴルフのカップくらいで、安心して明日に整理することにしました。

電気は通じませんが、水道は出ますので、ロウソクの灯で夕食をしました。
物置から取り出した古いストーブで暖を取り、小さなラジオで被害の状況に耳を傾け、早めに就寝しましたが、片時もおさまらない余震におののき、遠くの家族や親類の安否に眠れぬ夜でした。

大惨事

12日、唯一の連絡手段の携帯電話の電源が切れて、息子のインバーターを借りて車から充電をしました。
車のTVは、ラジオで推測しているより遥かに生々しく惨状を映し出していました。

4時ごろようやく電気が通じて、大画面のTVで見る映像は更にリアルで目を覆いたくなるような凄まじさです。
今晩もロウソクの夜を覚悟していただけに、ほっとしましたが、代わりに断水しました。
風呂やバケツ、ぺットボトルに沢山の水を確保していて幸いでした。

横浜の娘とはメールで安否を確認できていましたが、横浜も盛岡と同じ震度5で怖い思いをした孫の元気な声を聞いて胸のつかえが取れる思いでした。孫のお父さんは青山から横浜・あざみ野まで5時間歩いて未明に帰ってきたそうです。

13日、自分の家が良いといって停電の中一人でいる妻の母の様子を見に行きました。
ガスでお湯を沸かしペットボットルに入れ暖を取っていたと、元気な様子に本当にびっくりしました。
ヒーターのタイマーのセットをしたり、ガス栓の安全を確認しました。

官庁街には車も、人もなく閑散としていますが、ガソリンスタンドには給油をする車が数100mも並んでいました。

生協はひと家族10点以内の買い物の制限ですが、お米、パンはもちろん、すでに魚、肉もすべて売れきれ、野菜も限られた物が少し残っているだけでした。
行儀よく静かに買い求めている様子に大惨事があったようには思われませんでした。

異常に赤く輝く夕陽の空を人命救助のヘリコプターが飛び駆っていました。

この大惨事に自分の無力さを感じながら静かに家に戻りました。

もくれん

昨日は、お米を買いにオープンと同時に生協に出かけましたが、すでにありませんでした。
ホームセンターは自転車を買う人で長蛇の列、電池、ローソクの棚は空でいつ入荷するかわからないようです。

ドコモもいっぱいのお客さんで、ようやく妻の電池は買えましたが、私のは在庫切れでした。

なければ生活できないわけでもありませんし、被災地を考えると無駄に歩き廻って買いあさるのは止めようと思います。

今週は毎日のように、予定が入っていましたが、すべて延期、キャンセルになりました。
下手に動きまわって事故に出あったり、ガソリンを消耗しないで静かに家にいることができました。

今朝は冬に戻ったように白くなっていました。明日は更に寒くなって最低気温がー5度くらいになる予報です。

県立博物館からもらってきたモクレンが床に落ちてだいぶ蕾は落ちましたが、1ヶ月ほどで咲きだし、消沈した気持ちを慰めてくれました。

後片付け

片付いた本棚 本棚

何をする気力もなく、ただ無為に1週間が過ぎてしまったような気がします。

被災地から刻々と報道される惨状に、ただただ心痛めるだけでした。
ヒーターの設定を15℃に下げ灯油を節約したり、気が付く小さなことは、してきました。

考えてみると、地震国にいながら,他人事のように地震に対して無防備だったよう気がしました。
部屋を広く使うために地震対策もなく、天井高の家具などに物を無造作に置いてきました。

居るときに、倒れたらと思うとゾットします。

今日になって、部屋の片隅に積み上げたままの本を、ようやく片付ける気持ちになりました。

地震に強かった作り付けの本棚に出来るだけ収めるようにしました。
棚板の位置はダボでは微妙な調整が不可能なので、久しぶりに歩いてL型の金具を買ってきて、
棚板を本の出し入れに不便のない程の高さにし、ずれ落ちないようにしビス止めをし、重い本から順に下から入れました。

家具はできるだけ横置きにしました。

意外と簡単で効果がありそうなのはPEの結束バンドでした。

お米

おむつ 豆腐 お米

お米がなくなって、数か所歩く覚悟で、まず近くの生協に行きました。

祭日の午後にしては人の出入りが少なくいつもより静かです。

山に積んだお米がありました。
お刺身も、肉も、パンも、豆腐のように制限のあるものもありますが、ほとんど揃っています。
来月早々生まれる次男の赤ちやんのおむつは全くありません。

またガソリンもなかなか手に入りません。計算上は約230キロ分はありますので、流通が正常になるまでは持つと思います。

お彼岸のお墓参りをして、墓のずれを直して,妻は次男の子供が早生まれにならないように,元気に生まれることをお祈りしたそうです。

わかめの味噌汁、焼いた赤魚の粕づけ、お刺身、炊き立てのご飯で、今まで食べたことのない美味しい夕ご飯でした。

内陸部はお蔭様で徐々に正常になって来て、感謝していますが、被災地を思うと喜んでもいられません。

復興祈願

8日以来の英会話教室で、地震のフリートーキングに終始しました。
明るい会話ができる日が1日も早く来るように望んでいます。


岩手公園の梅林の梅は色づいた程度ですが、お堀のマンサクは満開、カモは何事もなかったように泳いでいました。

繁華街は閑散として、デパートも照明を落とし、4時には閉店するようです。

災害本部の県庁には、自衛隊の車両が沢山待機していました。

昼時には、いつもは行列しているじゃじゃ麺屋さんは空いていて、久しぶりに食べられました。

桜山神社では、おばあちゃんとお孫さんが、震災復興祈願の絵馬に、被災者に勇気を与えるメッセージを書いていました。

交通機関も徐々に復旧し、平穏を取り戻しつつあるようです。

彼岸過ぎても

“暑さ寒さも彼岸まで”といいますが彼岸を過ぎてもなかなか暖かくなりません。
今日も黒い雲が低く垂れこめ、時折小雪が舞う寒い日でした。

岩手山もまだ冬の装いですが、ザゼンソウは春の到来を告げています。

窓辺にベゴニアが、高松の池から持ってきたサクラが咲き心慰めてくれますが、

被災地のためにも、春の暖かい日差しがふりそそいでほしいと願っています。

太陽の恵み

さくら

最低気温が−5.3℃、最高気温3.8℃と2月下旬の寒さです。

梅の木の滴が日中でも凍っていました。

被災者が「せめて気温だけでも上がってほしい」と切々と訴えていました・・・・来週からは、暖かくなるようですが?

次男のお嫁さんの出産の激励で、焼き肉で夕食をしました。
気丈に頑張っていて安心しました。




ガソリン

ガソリンスタンド

タンク車でガソリンが盛岡へ輸送されている報道を見て、給油に出かけました。

しかし、近所のスタンドには長蛇の列ができ、すでに9:30には売り切れ、また別のスタンドでは、給油整理券をもらうために並ぶ人々の姿を見た。

まだまだ給油は思うようにいかないのかと不安な気持ちで、
何時間かかるかわからないが、並んでみようと思い、いつものスタンドに行きました。
意外や意外、列がスムーズに流れ,30分で満タン、
あまりにもあっけななく、気が抜けた気分・・・でもよかった。

元売りメーカーによって、こんなにも違うものか?力の差、流通の違い、不思議です。

忌まわしい3月

息子たちはタイヤをネットで安く買っていると言う。
価格.comで調べると確かに安いが、こんな時に通販で買うのがはばかれ、近くのカー用品店で買うことにした。
タイヤの履き替え料、廃タイヤ処分料などもろもろの諸経費はタダ、本体も値引きしてもらい、価格.comの最低値段より一本当たり約1000円高いくらいで買うことが出来た。

3時ころ、妻から昨日より2円安く、ガソリンを満タンに出来たと大喜びして携帯に電話があった。
ガソリンもようやく流通が正常になって、交通手段の車もこれで安心です。

近くの家電量販店は、2階のパソコン、テレビ売り場の壁が落ちて1階のみの営業、節電で一層暗く開店休業の様子。

また、青森本店の老舗デパートは大震災と、盛岡店の爆発事故から売り上げが不振で民事再生法の申請。

身の回りの経済活動にも大きな影響が出始めています。

今日も強い余震がありましたが、忌まわしい平成23年3月も今日で終わりです。

福寿草は旺盛な生命力で、今年も新しい株が育ち、庭のアチコチに咲き、春到来を謳歌しています。

被災者にも少しでも明るい4月になるように祈っています。

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