MOA美術館

MOA美術館

光琳屋敷

MOA美術館

尾形光琳の紅白梅屏風

MOA美術館

豪華なロビー

MOA美術館

石造りの堂々とした美術館

6月29日・・・6月生まれの妻と娘の誕生日を温泉でお祝いすることにし、熱海駅で落ち合った。

昼食の後、MOA美術館へ送ってもらい、孫たちは海へ水遊びに行った。
急坂な道を10分弱走って、山の上の赤茶色の平屋?の大きな建物に入ると、堂々とした広いロビーにレプリカの光琳の「紅白梅」屏風と、復元された秀吉の黄金の茶室、能楽堂があり、大窓からは紺碧の相模湾に初島、伊豆大島など一望された。山の傾斜に沿って下へ地上3階、地下1階のギャラリーに国宝3点を含む所蔵品、「江戸の四季」の企画展では多くの浮世絵・版画を見て、紺色の絵の具は1800年代に出来たことを知った。相模湾の見える広場、光琳屋敷のお庭を散策し、迎えを待った。

夜は網代の温泉につかって、海の幸を楽しみ、二人の誕生日を祝った。

海水浴場

泳いでいる人も見える海水浴場

網代の温泉旅館

渓流にワサビが育つ

網代の温泉旅館

セミの抜け殻

網代の温泉旅館

庭園には60種の花木が咲く

6月30日・・・朝風呂のあと、日本赤十字の初代社長の別荘だったという4千坪の庭園を散歩。
赤いデェイゴの花が咲き、夏みかんが実り、妻は熟したビワが美味しいと食べていた。孫はビワの葉にセミの抜け殻や、せせらぎに育つワサビを見つけ喜んでいた。

真夏のように暑い海水浴場には泳いでいる人も見え、海の好きな孫は打ち寄せる波と遊び、お父さんお母さんと今夜のおかずになるくらいアサリを採った。
昼飯はイカやアジなどのすり身を揚げたイカメンチと生きのいい刺身の漁師めしが美味しかった。
帰りは思ったより混んでいなく、楽しい誕生祝も無事終わった。

長谷寺

まだ美しい長谷寺の紫陽花

小動神社

赤い布をかぶった狛犬の小動神社

満福寺

源義経が滞留した満福寺く

7月1日・・・孫は2時過ぎまで幼稚園なので、一人で鎌倉に出かける。人身事故で間引き運転され、横須賀線は通勤時間のような混みようだったが、「大人の休日」を利用したアジサイ見物のシニア?が北鎌倉、鎌倉で下車。
混雑を避けるため今まで行ったことがない腰越へ江ノ電に乗った。

同席の同じ年恰好の人から話しかけられた。茨城県笠間の小中学校の同窓会の下見で、横浜に住んでいる自分が来たと言う。80名の卒業生で30名参加予定、自分と東京に在住する二人が幹事になり、バスの手配から、案内をすると言う。
世界遺産になった富士山近くで行われる今回の同窓会が最後か?と話していたが、「ますますお元気で」と言って別れた。

「義経・弁慶のゆかりの地 腰越」の案内板が駅を出るとあった。平氏討伐後、兄頼朝の怒りを買って鎌倉入りを禁じられて滞留した地なそうだ。義経手洗いの井戸、弁慶がお手玉のように扱っていた手玉石があった。
赤い布をかぶったユニークな狛犬の居る小動(こゆるぎ)神社や近所のお寺を参拝して、長谷まで戻った。
紫陽花の名所・長谷寺が入場制限されているならあきらめようと思ったが意外に空いていた。紫陽花の盛りは過ぎていたが、相変わらず参拝客は多く、欧米人の若者や家族連れが目立ったが、余り混まずにゆっくり見て歩けた。


生田緑地

KITTE

「KITTE」屋上庭園からの眺め

岡本太郎美術館

岡本太郎美術館

日本民芸園

笹の葉さらさら軒端にゆれる

日本民芸園

飛騨白川郷の合掌造りの民家

今日の孫の予定は幼稚園の後はバレー教室で、ほとんど暇がないので朝お別れをした。娘が午後幼稚園にお迎えに行くまで、自宅から車で20分位の2つの山にゴルフ場、バラ園、菖蒲園などがある広大な都市公園・生田緑地を案内してもらった。

鬱蒼とした森の木道を下り、木陰から見える古民家の集落は、川崎市立日本民家園で昭和42年に開園、20余棟の古民家があり、豪壮な飛騨白川郷の合掌造りの民家に圧倒され、秦野市から移築した竹すのこの床の古民家で、大きな笹竹に願いを書いた短冊を飾った。
天窓と植栽された屋根の近代建築は岡本太郎美術館。入館する時間がなく、ロビーや「母の塔」などを見て、カフェテラスで食事をして、駅で娘と別れた。

東京中央郵便局が新装になって「KITTE」という商店街と局舎、屋上庭園からは、東京駅を見下ろし、ニョキニュキ伸びるビルを見上げて感心してきました。


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