まだ梅雨

トマトもまもなく赤く熟す

キヌサヤは若いうちに収穫

ウメが熟すのもまもなく

雨に濡れて鮮やかなアジサイ

横浜では暑さに身体が慣れないのか、熱帯夜なのか寝苦しく、日中は毎日が猛暑日だった。

その後暑さは盛岡でも続いたが、4日は前夜の雨で気温も下がったが湿度が高くテニスで汗グッショリになった。
帰る頃また降り出し、生気を得たように再びツユクサが咲き、アジサイは一層色鮮やかになった。
関東は早々に梅雨が明けたが、これからが本格的な梅雨の季節で、梅の実ももがなければならないし、草木も伸びて手が掛かる。妻が丹精を込めた菜園の野菜も鈴なりになって採るのも、食べるのも大変だ。


初めての経験

解体工事と繁華街が垣間見られた

先生は鮎釣りの名人で鮎の水彩画

入院、手術の案内

個室にはシンクや冷蔵庫もあった

9日10時に病院に入った。予約していた個室はバルコニー付きで申し分ない。血圧、検温、視力検査と先生の診察があり、入院・手術の説明があった。5時に夕食、退屈なときのために沼田真佑の「影裏」等を持ってきたが読んでも長続きしない。ビルの解体工事の騒音だけで、繁華街の賑わいも街の灯りも見えない、ビルに囲まれた裏通りだ。人生初めての入院をどう過ごしたら良いか分からないまま、手術の不安もあり落ち着かない気持ちで何度もトイレに行って、ようやく12時頃に寝ついた。

10日の朝は霧雨だったが昼過ぎには晴れた。6:30の血圧は129で正常だった。10時以降は口にする物は水も禁止。注射、点眼、内服など何度もあった。昼食を抜いて1時頃手術室に入った。白内障の手術は部分麻酔で黒目の上を切開して濁った水晶体を超音波で砕いて吸引して、眼内レンズを入れて終わるまで20分ぐらいだった。そんなに痛くはないと言っても気持ちが悪い。手術前から始めた点滴は部屋へ戻って2時間位で終わった。
手術しない右目で6人の同士と相撲をみたが、土俵が凹レンズのように見え、夕食後も3人で「こんなところに日本人」のTVをぼやけて、ゆがむ目で、看護師さんに注意されて9時過ぎまで見た。やはり疲れていてすぐに寝れた。

11日、7時頃左の眼帯を取る。ウソみたいに明るくクリヤーによく見える。右目も手術したらどうなるかと期待いっぱい。

12日は同じように右目を手術をした。13日の朝右目の眼帯を外した。眼鏡なしで今までより少し遠くすると新聞が読める。ラテ欄はちょっと厳しかった。眼鏡をすれば缶コーヒーの一番小さな字もよく見える。TVは裸眼の方がハッキリと鮮明に美しいカラーで見えた。若い頃の目に近くなったようでうれしかった。「おらおらでひとりいぐもん」「百年泥」を読破して4泊5日の入院・手術は無事終わった。手術をしてほんとに良かったと心から思った。


まだあけない梅雨

ノウゼンカツラ

屋根をたたきつける激しい雨

大きな梅の実を収穫

今年のウメはゴルフボールより大きい52gの実もあった。昨年枝を思いっきり整理したのであまり期待しなかったが14.4キロも採れた。お礼肥、寒肥が効いたのかもしれない。

相変わらず暑い日が続くが、17日は大雨で、25℃を切った。術後の目には潤いの雨で、ノウゼンカツラも咲き出した。
今日は40℃を超える殺人的な暑さのところもあったようだ。大雨の災害の地域も心配だ。一方日増しに日没が早くなって7時頃には薄暗くなってきた。


梅雨明け

空にはうろこ雲

キキョウが咲いた

お堀に咲くアジサイ

20日はサングラス無しでは運転できないピーカンのジリジリ照りでした。術後の経過は良好と先生に言われ一安心して岩手公園を久しぶりに散歩。午前中からうだるような暑さの中、お堀のアジサイは涼しげな色合いで咲いていた。
土用の丑の日でうな丼を食べていると「梅雨明け」のニュース、さらにこの先一週間は30℃以上の暑さが続くようだ。

21日、庭にはキキョウが咲き、空のうろこ雲に秋の気配を感じた。


祇園祭

旧家は屏風絵を飾る 「屏風祭」

「浄妙山」の副葬品の数々

鯉山の提灯

祇園祭の八坂神社

手術が終わって10日が過ぎ祇園祭に出かけることにした。しかし京都は一週間以上も40℃近くの猛暑が続いて体力が持つか内心不安だった。空港に降り立つと肌に突き刺すような41℃の熱波にさらされた。
八坂神社の祇園祭のノボリが風にはためきホッとしたのもつかの間、近くの花見小路も人であふれ、あっちこっちから外国語の会話が耳に入り熱くなった。
ホテルは近くで室内の空調も、館内の設備も申し分ないようだ。京料理で早めの夕食を済ませ、宵山に出かけた。
烏丸通り、室町通りなどの山鉾に吊られた提灯に火が灯され、集会所では山鉾のご神体や副葬品を身近に鑑賞し、「コンチキチン」の祇園囃子と浴衣姿に誘われ、あれもこれもとむさぼるように見て歩いて猛暑も疲れも吹っ飛び、ホテルに着いたのは9:30だった。


山鉾巡行

緞通はベルギー製の「鯉山」

大きく反って山桜を仰ぐ「黒主山」

山の後ろに柳を付ける「北観音山」

先頭の「橋弁慶山」

東山の大文字山に少し霞が掛かって今日も暑くなりそうだ。有料観覧席は改修中の京都市役所の前にはもうけられている。ギリギリ部屋にいて河原町御池交差点のホテル側に場所を取った。先頭は「橋弁慶山」、二番手は諸病を防ぐという柳の枝をさした「北観音山」、山桜を仰ぎ見る「黒主山」、立身出世の象徴の鯉山のタペストリーはベルギー製の重要文化財なそうだ。

「浄妙山」平家物語の合戦の場面

「役行者」は山鉾巡行の安全祈願

疫病を防ぐと言う「南観音山」

盗難よけで人気の「鈴鹿山」

能装束姿で大長刀を持って鬼退治をしたという姫神をご神体とする「鈴鹿山」、山の後部の柳の枝は疫病を防ぐといわれる「南観音山」、「役行者山えんのぎょうじゃやま」は山鉾巡行の安全祈願をし、「浄妙山」平家の軍勢からの矢を橋の上で踊るようにかわす。

ロープを引き90度回転「辻回し」

車輪の下にささらを敷き水をまく

船形の鉾は4年前に復帰

社殿は総金箔で豪華な「八幡山」

左甚五郎作の対の鳩が鳥居で向かい合う夫婦円満のしるしの「八幡山」、幕末に焼失して150年ぶりに4年前に復帰した「大船鉾」、10トン近くもある鉾を90度回転させる大技の「辻回し」は勇壮だった。「後祭」は10台の山鉾で巡行して9:30から11:00までの1時間30分だった。「前祭」は倍以上の23台の巡行のようだが、後祭の子供達の神輿や舞妓さんの踊りなどの「花笠巡行」は今年は猛暑のため中止だったが、残念な気持の半分これでちょうど良かったような気がした。

七夕笹飾り

鳥居と灯籠

先付けは鴨と豆腐

せせらぎの川床にホッと

改修されキレイになった二条城をバスから見て、貴船までは40分ほど、鴨川の源流貴船川のせせらぎと青い木々の間からそよぐ風は京都の猛暑を忘れさせた。川床ランチは鴨と豆腐の先付けに始まって10品ほど、ユックリ美味しく頂いた。川床の直ぐ向かいに貴船神社があり、赤い灯籠と木々の深緑が美しい。七夕笹飾りには沢山の短冊がかけられ、おみくじを真剣に見る浴衣姿のカップルがいた。


保津川下り

保津川渓谷

ゴムボートの保津川下り

トロッコ列車の車内

トロッコ列車の座席案内

豪雨で増水して保津川下りは運行中止で、トロッコ列車に乗りました。鉱石等の運搬貨車をイメージしましたが、旧式の普通の客車でした。車窓から見る限り保津川下りするゴムボートが増水で急流に流されるようには見えません。20分ほどの乗車で嵐山駅に到着しました。初めての体験で童心にかえって楽しみました。

夕焼けの花巻空港

天竜寺のハスの花

野宮神社の黒木の鳥居

嵯峨野の竹林

嵯峨野の竹林は芋洗いのようで、竹林の風情は感じられません。黒木という皮の付いたままの「くぬき」の鳥居の野宮神社ののみやじんじゃを拝礼しました。天龍寺の土壁の前のウメの葉っぱが炎天下と水不足でヒカラビテいましたが、ハスやフヨウに気分的に助けられました。

祇園祭が目的の短時間の旅でしたが、初めて見て満足して5時過ぎの飛行機で帰りました。盛岡もさほど暑さは変わりませんがホッとした気分でした。